最近たまに、UOのあちこちのブログを巡回してます。
よく襲われるPKギルドとかですね。
ところが、基本的にどこもかしこも
今日はいくつ殺しただとか、
ウチのACTはどうだったかとか、
どこどこに勝っただとか
被タゲ意識がどうのこうのだとか
およそ6-7年前から何も変わり映えもしないブログばかりで
平凡すぎてつまらないである。
かつて自分がまだPKerだったころは
同じようなことも書いてはいたけど
もうちょっと個性的なことも書いていた気がしなくもない。
いずれにしても、ブログを巡回しても
あまり面白味のあることなぞ無いことが分かったので
もうあまり巡回しないことにしました。
で、思うのは個性的なプレイヤーは確実に減った気ガする。
無論UOプレイヤー自体が減っているのだからそりゃそうなんだけど
減った分、濃い連中が抽出されているならばまだ面白かろう。
全体的に薄味になった気がしてちょっと残念である。
何よりこれほどまでに自由度のあるゲームにおいて。
自由闊達なプレイをするプレイヤーがこれほどまでに減ってしまったのか。
なぜゆえプレイの幅を、自由度を、個性を自らのみならず
他者のそれまで頑に否定するプレイヤーばかりが増えてしまったのか。
そう強く感じたのは先日のPSC会場のこと。
我々がPSCを回していたところ、あるPKに襲われたのである。
我々は何せPSCギルドであるので、
バードやら白豚やらの集合体、まさに鴨の如しであって
当然狩られるままになった。
数は多いので、戦いの心得あるものならば対抗の余地もあろうが
近代のPSCは20回に1回、PKが来るか来ないかの世の中ですから
目下我々は戦いの心得など無に等しいのであります。
そんなわけで、まさに鴨の如しとなったKiP。
PKは「お前ら弱すぎる」と言い去って、PSCも捕らずに帰っていくのであります。
私はPSC会場においてはPSCを持ち帰る者が勝者と捉えている
(此れはPK時代においても今においても。)ので、
このPKさんとは随分考えが違うものだなと。
それは大いに結構なことである。
恐らくこのPKは典型的な「対人家脳」な方であり、
PKとは技を競うためにあるもの、UOとはPvPの腕を競うためにあるもの
と捉えるタイプの人なのだと思いました。
そういう方は私これまで数百人は見てまいりましたので
特性はよく、よく分かっているつもりであります。
無論、対人家としてごプライドをお持ちになって活動されてるのは
結構なことであるのですが、
彼らは傾向として、それ以外のプレイのあり方、UOの楽しみ方を
認めない傾向にあるのです。
自分だけ自分の価値観でやる、というのではなく
他のプレイヤーまでも自分の価値観で以て縛ろうとする。
この特性にかつて私自身染まったこともあり、
そして反発をしたこともある、そんなプレイ経験をしてきたわたくしは
今はPSCを得て、それを持ち帰るこの宝探しプレイに
目を輝かせているのです。
まだこんな世界もあるのだ、と思わせてくれるUOの広さに。
「ええ、こいつすげぇ!」と思わせてくれるプレイヤー、
私はいくつか見てきました。
ある人は奇想天外な手で勝利を手にするPKer。
ある人は我々のギルドのSSを作り、UO内で出版までして下さった作家の方。
それを思い返し自らを内省して思ったのは、
私が憧れるプレイヤーとは、面白いと思うプレイとは
UOの自由さを感じさせてくれるものだったのかもしれないと
思うようになりました。
今の私は廃人ではないから、あまり大したことはしないですけど・・・。
もっと、自由にやれないだろうか。時代遅れになるのを承知で。
セオリーに乗らない、レールの上を走らないプレイをたまにはしてみたいな
それがUOと他のMMOとの違いだと思うし・・・。
そんなつまらない事をちょっと思った1日。